ドイツ人オットー・ヘッツァーによって集成材が本格的に製造されたのは二十世紀初頭でした。やがて、第一次世界大戦(1914年)が勃発します。鋼材不足が生じるなかで集成材が注目されました。
鉄道の敷設に伴うヨーロッパの主要都市の駅舎は、近代文明の象徴、鉄骨建築の華とされました。1889年のパリ万博にエッフェル塔が登場します。G・エッフェルは、橋と、駅舎の設計者でもあり、ガラビ橋、ニースの天文台、パリ・リヨン駅、それからハンガリーの終着駅などを次々と発表します。彼は、時代が生んだ寵児でした。
今は福祉国家、環境立国とされる北欧諸国だけれど、戦前はどこも貧しい国でした。経済力が弱く、したがって、鋼材の入手が困難だった北欧では、鋼材に代わるものとして集成材が用いられます。それは、北欧の負けじ魂が生んだ、苦肉の策でした。
その代表的なものとして、ストックホルム中央駅舎を挙げることができます。集成材によるスパン80フィートの大空間は、パリなどで脚光を浴びた近代駅舎の変種でした。
接着剤にはガゼイン・グルーが用いられました。それは、環境立国を謳う北欧諸国の先駆けとなる、歴史的な第一歩でもありました。
銘建の本社がある勝山は、吉野や秋田や木曾のように銘木があるわけではありません。だから、勝山では製材力を高めることに活路をもとめ、「木材産地」ではなく、「製材産地」になることを目指しました。やがて、製材不況の時代がやってきて、大きな試練に立たされます。そのとき、我々は全国に先駆け「集成材への転換」をはかります。
それは、近代の北欧諸国が経済的苦境のなかで、集成材利用に向ったことと、どこか似ていないでしょうか。共通項は、逆境のなかで生み出された技術だということ。独自の種(シーズ)を持つことで活路を拓いたということ。
もし、北欧が経済大国なら、鋼材で駅舎を造ったでしょう。
もし、勝山が美林地帯なら、「銘木」にこだわったでしょう。
従来の製材から、わが仕事は「工業」なのだと見定め、「製材品質」から「集成材品質」へと技術レベルを段々とあげ、品質において、コストカットにおいて、日本の集成材技術を世界レベルへと高めました。
今、強度や乾燥などの木材性能が問われるようになり、循環型社会や、持続可能な社会がいわれるようになりました。北欧の人たちも私たちも、ようやく出番が来た、との思いを深くしているのです。
集成材工業から、さらに集成材文化へ。
持続可能な森林文化のために。

木質バイオマスの時代へ。
科学技術の発展によるクリーンな新エネルギーの可能性に期待が寄せられていますが、太陽や風や地熱などの再生エネルギーの利用、また、生命更新を繰り返す森林の循環的なプロセスにうまく人間が介入し、そのエネルギーをつかまえる試みがなされています。
私たちが進める木質バイオマスの取り組みもそのひとつです。一本の柱が生まれるには、その1.5倍もの余材が発生します。木質バイオマス技術は、それをゴミにしないで有効利用する方法です。十分に乾燥した木材は一キログラム当たり4500キロカロリーの熱量を持っています。
木質ペレットは、暖房や給湯を変える。
薪で炊いた釜飯はおいしかったといわれますが、このエネルギー効率は10%前後に過ぎませんでした。薪ストーヴにしても、昔のものは20%くらいの効率でしたが、最近の触媒を用いたストーヴでは75%くらいまで効率が高まっています。デザインも、これからもっと良くなることでしょう。
銘建では、製造過程ででてきたプレーナー屑や木の皮等を、燃料として活用する取り組みを、1970年(昭和45年)から始めています。1997年に、本格的にボイラー・発電設備を設け、2005年現在、このボイラー・発電施設は、一時間あたり20トンの水をボイラーで蒸気に変え、タービンを回し、1950キロワットの発電をし、工場電力のほぼ全量を賄っています。
2003年4月からは、RPS法に基づく申請・許可・売電を開始(バイオマス部門では当社が日本第一号)しました。中国電力に発電電力の四割強を販売しています。工場の暖房や木材乾燥、ホットプレスにも蒸気を利用し、寒い冬に役立っています。
また、集成材を生産する過程で発生するプレーナー屑を、小さく固めてペレットにしています。工場内の木質バイオマス発電はプレーナー屑をそのまま用いますが、貯蔵したり、輸送したりするにはペレット化するのが調法です。
熊本県あさぎり町にて、2008年5月から稼働しています。国産材の丸太を調達し、集成材用ラミナ、間柱などを製造しています。
真庭バイオエネルギーは木質ペレットやチップ等の木質バイオマス資源により資源循環型社会の形成を促進致します。